ブエノスアイレスの悪夢

ハッと目覚めると午前5時、
眠りについてから3時間しか経っていない計算だ。
枕を抱き込むようにして再び目を閉じるが、
神経が昂っているようで、とても寝付けない…。

 

見えない不安

身体は正直で、疲労がたっぷりと残っていて
まぶたも梅雨空のように重たかった。
沈んだ気分で屋上のテラスに座り、
義務的に朝食を口に運ぶ。

どうしてこんなことになったのだろう…

考えてもキリがないのだが、考えずにはいられない。
そう、悪夢は昨日の夕方から始まった―。

 

残高が不足しています…

アルゼンチンに着き、時差が6時間広がったため
昨日は1日が30時間もあった。
苦戦した宿探し、スペイン語の分厚い壁、
出鼻は完全に挫かれてしまった。
夕方遅くに街に出て、銀行(ATM)を探し歩く。
主にシティバンクのカードを使ってお金を引き出しているので
提携している銀行を見つけたい。

1軒目、2軒目は空振りに終わったが、
3軒目は『シティ・バンク』を発見した。
ここなら間違いない!
カードを差し込み、暗証番号を入力、
そして金額を指定するも、カードは期待に応えてくれなかった。
そして画面には何やら不穏な文字…

「残高が不足しています…」

そんなバカな…。毎回メモを取っているので
計算上ではまだ30万円以上残っているはず。
何かの間違いじゃないかと、隣の機械でも試してみた。

「残高が不足しています…」

ならばと、残高照会を試みた。
機械から吐き出された1枚の明細。
そこには無情にも「残高ゼロ」と刻印されていた…。
ここでようやく気がついた。
これは事件だ、と。
試しにもう1軒だけ違う銀行に行き、残高照会をしたが
結果は同じだった。

「まさか、スキミング?」
すぐにシティバンクに問い合わせ、事情を説明。
しかし、日本との時差が13時間あるため
彼らの回答は「5時間待ってほしい」とのことだった。
すべてが上の空で、5時間を過ごすことになった。

 

ケチャップ強盗

どうしよう…と、魂が抜け切った顔で通りを歩いていると
腕を骨折したおじさんが、元気な方の手で指差し
ハハハ、と笑っている。

何がおかしい?
背中を指していたので、Tシャツ越しに背中に触れてみた。
ベットリ…
嫌~な感触が手のひらを襲った。
なんだろうと、手のひらを見てみると
血のりのようなケチャップ…!?

なんじゃこりゃ?

と、叫ぶと同時に危険センサーが作動した。
急いでその場を去り、安全そうな場所でもう1度背中を確認した。
これはよく聞くケチャップ強盗ってヤツだ。
必ず親切を装った犯人が近づいてきて、
ケチャップを拭う隙を見て、財布や貴重品を盗んでいく。
古い手だが、人間はパニックに弱いので、
まだまだ有効な手段らしい。

街は危険だ、宿に戻ろう。
日が暮れかかっていたことに加え、日曜日で人通りが閑散としている。
こんなときほど犯罪率が上昇する。
宿に戻り、英語が話せるオーナーに今までの出来事を語った。
そして財布を確認すると、シティバンクのカードがない…。

しまった!
残高に気をとられて、カードが挿しっぱなしだ!!
悪いときには悪いことが重なる、、、
ダッシュで街を駆け抜け、最後の訪れた銀行に駆け込むも
すでにカードはなかった…。

 

大丈夫か?南米旅

5時間後、シティバンクの担当者から電話があり、
根掘り葉掘りと事情聴取された。
レポートを作成し、審議にかけてくれるらしい。
向こうの記録によると、1月22日におかしな引き出しがあり、
1日に10回近くお金が引き出されている、という。
そういえばその1日前にカードでお金を引き出している。
あのとき、スキミングされ、暗証番号も盗み見られたのか…。

「お金、戻ってくる可能性はありますか?」

力なく聞いてみたが、やはり立場上迂闊なことは言えないのだろう。
「審議します」とだけ言い残して電話は切れた。
ちなみにこの電話でかかった着信料は約8000円、
背中にケチャップ、泣きっ面にハチだよ。

 

負けたときほど胸を張れ!

朝食を食べ終え、重たい気分のまま宿をチェックアウトした。
昨日は満室だった日本人宿『上野山荘別館』に空きが出たので
宿を移ることにしたのだ。
日本人に囲まれ、気が休まることを願って。
宿に着き、玄関をくぐると

「あぁ!カズさん!?」

と、聞き馴染みの声が飛んできた。
声の主はカズマ。
この旅で幾度となく再会するキーパーソン。

彼は2ヶ月以上前にナイロビ(ケニア)から南米に飛んでいる。
まさかここで再会するとはつゆにも思っていなかった。
5度目の再会。
いつもいくつも偶然が重なり、驚かされる。
そしてタイミングが絶妙なのもニクイ!
必ず落ち込んでいるときに彼は現れるんだから(笑

いつものように軽口を叩いているうちに
滅入っていた気分が上昇し始めた。
たしかに失った30万円は痛いが、
まだ旅をつづけたい!というモチベーションを取り戻せたよ。
サンキュー。

止まない雨はないし、明けない夜もない。
ここがドン底なら、あとは這い上がるだけだ。
文字通り“切り札”にしていたカードを失ったが、
まだ闘えるはず。
よし!背筋を伸ばして悪夢から目覚めよう。
暗いことばかり考えていると、
負のスパイラルに絡めとられてしまうことはよく知っている。

「負けたときほど胸を張れ!」
ある漫画のフレーズどおり、
ここで落ち込んでも仕方ないさ。
だって、南米の旅ははじまったばかりだから。

 

旅のカケラ/slideshow

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