ナイロビの蜂

モヤレ、午前8時。
朝食はスクランブルエッグ。
焼きたてのパンをかじり、
甘いチャイをすすった。

 

ケニアに入国

余ったエチオピアブルをケニアシリングに両替し、
100m先にある国境へと向かった。
28度目の国境越えもスムーズだった。

ケニアは、国境でビザが取得できて、
3ヶ月シングルで50ドルだった。
待ち時間もなくパスポート審査は終了。
つづいてカスタム(税関)に顔を出した。

「日本人か?」
イエス
「英語はしゃべれるか?」
イエス
「だったら荷物はノーチェックだ」
でた、日本人の特権!!
笑顔で手を振り、

めでたく28ヶ国目「ケニア」に入国した。

 

タンクローリー

ケニアは、ブラック・アフリカ諸国の中で
日本から最も近いアフリカの玄関口とも言える国だ。
国土は日本のおよそ1.5倍。
赤道直下に位置しているにもかかわらず、
国土の大半は高地であるため涼しく
ちょうど夏の軽井沢を想像してほしい。

さて、ここモヤレから一気首都「ナイロビ」を
目指すわけだが、困った問題が1つある。
バスは不定期で、一般的な交通手段はタンクローリーである。

た、タンクローリー!?

つまり長距離トラックの運ちゃんに
乗せてってもらえ、というわけだ。
ちゃんと街には、それを斡旋するブローカーがいて、
助手席はいくら、後部席はいくらと
相場が決まっている。

 

ナイロビに行きたい

ナイロビまではおよそ1000km、
2~3日かけてのタフな移動が待っている。
誰かが言った。
アフリカで1番キツイ移動は“ここ”だと。
ガイドブックにもそう書いてある。
たしかに貴重な経験だが、
できれば体験せずに済ませたい、これが本音。
怖いもの見たさも、まったく湧いてこないよ…。

でも、行くしかない!
ブローカーらしき人物に
「ナイロビに行きたい」と告げた。
あいにくタンクローリーはすべて出発した後で、
ちょっと到着が遅かったらしい。
残念のような、ホッとしたような、

あいまいな心持ちでいると、
別のブローカーが獲物の匂いを嗅ぎつけて近づいてきた。
「俺が車を手配してやる!」
携帯電話片手に話し始めた。
タンクローリーの相場が
2000シリング(約3000円)に対し、
彼の言い値は3000シリング(約4500円)。
ちょっと高いが、早くナイロビへ行きたい。
待つこと20分、オンボロジープが到着した。

軍隊用という感じの車で、色は深緑。
8人乗りのタイプで
最後部に向かい合って乗ることになる。
これで2日間かぁ、、、
タフな移動になりそうだ。

ただ、心配ごとがあった。
僕らは今、日本人4人のパーティ。
このジープは8人乗りで、
あとの4人はケニア人が乗るという。
もし、グルだったら…。
知らないところに連れてかれて、
身ぐるみ剥がされる!?
いくら4対4でも、
圧倒的に彼らに分がある闘いだ…。

さぁ、どうする?
日本人の悪い(?)癖で、
乗るか反るか、躊躇していると
銀行の前に座っていた
ガードマンが声をかけてきた。

 

ポレポレ

「君らはこれで行くつもりか?」
はい、そうです。でも心配で…。
媚びるように彼らの意見を求めた。

「ダメ、ダメ!明日の便にしなさい」
彼らに強く止められた。
車体が古く、これじゃあナイロビまで
辿りつけたもんじゃない!
しかも、荷物代を請求するとは何事だ!
と、運転手やブローカーに説教がはじまった。

「いいかい、何かあったらすぐに警察に
相談しなさい。ケニアは怖い国だからね」

気が引き締まった。
あの車に乗っていたら
とんでもないトラブルに遭ったかもしれない。
ついにアフリカが本気を出してくる!
そんな気がした。

ケニア対策として
ダミーの財布とマネーベルトを用意した。
夕方以降は出歩かないし、
常に複数で行動することにしていた。
それでも隙はいくつでもある…。
「ポレポレ」
ガードマンは最後にそういい残した。

ポレポレ=ゆっくり、ゆっくり
慌てることはない。
ゆっくりと地に足をつけて、この国を進もう。
ナイロビにはきっと、
獰猛な蜂が飛び交っているだろうしね…。

 

旅のカケラ/slideshow

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