戦場のメリークリスマス

■ルワンダ紛争
1990~94年にかけ、
フツ族の政府軍とツチ族のルワンダ愛国戦線
との間で行われた武力衝突のことを指す。

 

ギゴンゴロ

1994年4月6日、フツ族のハビャリマナ大統領を乗せた
飛行機が何者かに撃墜されたことに端を発して、
フツ族によるツチ族の大量虐殺が始まった。
「ツチを抹殺せよ」というラジオの一声は、敵愾心を煽り、
一般人までもが虐殺に荷担するという結果を生んだ。
一説には約3ヶ月間で、国民の10人に1人にあたる
100万人が虐殺されたと言われている。

 

あれから15年―、
ルワンダの悲しみに触れるべく、
ギゴンゴロにある「虐殺記念館」を目指した。

ブタレからマタトゥ(乗合タクシー)に乗り、
ギゴンゴロまでは延々と坂を上っていく。
距離にして20km、およそ30分で到着した。
運賃は500フラン(約100円)だった。

 

負の遺産「虐殺記念館」

さて、1つ困ったことがある。
ガイドブックには「虐殺記念館」とだけ書かれており、
地図も写真もない…。
英語、もしくはフランス語で何と言えば通じるのだろう?
ムランビという地区にあることは分かっているのだが。
虐殺はたしか“ジェノサイド”、
記念館は“メモリアルセンター”とでも言ってみるか。

「ジェノサイド・メモリアルセンター」
バイクタクシーの運転手にそう告げた。
OK、乗れよ。
あっさり通じたようだ。
距離がわからないから、彼の言い値である
400フラン(約80円)で手を打った。

メインロードを逸れ、未舗装の山道を下って行く。
バイクは上下に激しく揺れ、
振り落とされないように必死にしがみついた。
ギゴンゴロのターミナルからおよそ3kmの場所に
虐殺記念館は佇んでいた。

『ジェノサイド・メモリアルセンター』
入口の看板にはそう記されていた。
(名前当たってたよ)

 

ついておいで

学校校舎だった建物を利用しており、
教室内にはミイラ化した遺体が並べられているという。
村はずれにある長閑な丘。
近くでは子どもたちが駆け回り、
スタッフらしき人たちが草刈をしていた。

観光客はゼロ、
静かすぎて、逆に不気味だった…。
ここには案内板や説明などは一切なく、
どこが入口かも分からなかった。

ぼけっと扉の前に座っていると、ごく普通のおばちゃんに
「ボンジュール」と声をかけられた。
手には鍵束、「ついておいで」と手招きされた。
足早に歩くその背中を神妙な面持ちで追いかけた。
恐いもの見たさ、とはちょっと違う、不思議な気持ち。

6つの教室が連なった棟に着いた。
ガチャガチャと鍵を回し、重い鉄の扉を押した。
ギギギィ…鈍い音が室内に響く、
ふいに差し込んだ明かりが照らし出したものは
無数の遺体だった、、、。

むせ返るような死臭、
身体をくの字に曲げ、横たわるミイラ。
かつて教室だった場所には黒板も机もなく、
あるのは物言わぬ遺体のみ…。

「カメラ、OK」
おばちゃんはそういい残し、隣の教室の鍵を開けに行った。
ひとり部屋に残され、言葉を失った。
死後10年ほどしか経っていないため、
頭蓋骨に髪の毛が付着した遺体や、
衣服を着たままの遺体もある。

 

衝撃の光景

一番驚いたのは、その大半が子どもだということ。
みな苦悶の表情を浮かべ、激しく顔を歪めているので、
嫌というほど、その苦しみが伝わってきた。
あまり気乗りはしなかったが、数枚写真を撮った。
両手を合わせ、一礼してから教室を出た。

そして隣へ。重たい扉を押すと、
同じような光景が飛び込んできた。
おばちゃんは鼻歌を歌いながら、
次々と鍵を開けていく。

重い扉を押す、何度見ても慣れない光景…。
重たい空気、むせ返る死臭、沈む心。
「コンテニュー(まだ、つづくよ)」
おばちゃんの鼻歌、レクイエムは終わらない。

気づいたことがあった。
皆、足首を切断されているのだ。
おばちゃんに尋ねてみると、
「逃げ出さないように」と、説明をしてくれた。
む、惨い…。

20部屋くらい巡っただろうか、
さすがに頭が痛くなってきた。
ここに並べられている遺体は27000体。
これほど多くの死を目の当たりにするのは
当然初めてのことだった…。

1時間かけて、半分の教室を見て回った。
校舎から離れ、風が抜ける丘に腰を下ろした。
眼下には小さな村が広がっていた。
しばらく風に吹かれながら、
なんとも言い難い気持ちを整理した。

 

想像の中から責任がはじまる

人は想像する生き物である。
自分の幸せを、未来を、人の痛みを。
想像できない夢は叶わないし、
想像しないことには何も始まらない。
逆に言えば、想像力を欠くことは危険だ。
バーチャルな世界に身を置き、
人の痛みがわからないから無意味な殺人が起こる。
想像しないから、将来の展望も見えなくなり
退屈な人生だと嘆く。

ルワンダの大虐殺も、ヒトラーも、ポル・ポトも、
彼らがやったことは“想像”とは呼べない。
「想像の中から責任がはじまる」
先日読んだ村上春樹の小説にそう書いてあったが、
なるほど、納得できる。
責任を感じていない想像は空想であり、
理性を欠いた想像は妄想である。
“妄想”がひとり歩きし、それを実行に移したから
多くの悲しみを生んだのだ。

ジョンレノンも、「想像しよう」と歌ってる。
いいことを考えてると、気分がいいし、
悪いことを考えていると、気分が沈む。
だったら、いいことをいっぱい想像して過ごしたい。
人間って単純だよ、
でも単純なことほど、大切だし難しい。

 

メリークリスマス

虐殺記念館は入場料はなく、
寄付を受け付けていた。
台帳があり、ペラペラとめくってみると、
日本人の名前もちらほら目に入った。
3000フラン(約600円)を寄付し、
名前とメッセージを書いた。

「祈りを込めて、メリークリスマス」
悲しみの涙ではなく、
白い雪が降ることを
想像しながら―。

 

旅のカケラ/slideshow

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