「じゃあここで降りろ」(運転手)
冷たい笑みを浮かべながら彼は言い放った。
見渡す限りの荒野…。
3000mの山々に囲まれた、
カザルマンの厳しい夜がすぐそこまで来ている。
カザルマンに行きたい
今日は早々にナルンの宿をチェックアウトし、
バスターミナルへ向かった。
バスで「カザルマン」へ行く予定だったが、
次のバスは金曜日(あと3日)までないという…。
ここで足止めを食らうわけにもいかず、
タクシーをチャーターすることにした。
「カザルマンに行きたいんだ」(KAZ)
タクシーの運転手にそう告げると、
「8000ソム(約25000円)」と涼しい顔で言う。
完全に足元を見られた交渉だ。
行きたいなら連れて行くけどと、とても面倒臭そう。
この国じゃ飛行機だって7000円、
タクシーにそんなお金をかけられるはずがない。
滅多にツーリストが行かない理由がわかった気がする。
たしかに悪路ではあるが、あまりにひどい値段設定だ。
ひとまずホテルに戻り、事情を説明。
(英語が通じない国だからホントにキツイ)
オーナーが交渉に向かってくれたが
それでも4000ソム(約12500円)だった。
どうしてもカザルマンを抜けたい!
その信念がもう一度、悪徳運転手の巣窟へと足を向かわせた。
3000ソム!(約10000円)声を張り上げ、
なかば悲鳴のように叫んだ。
するとひとりの運転手が、ぬっと名乗りを挙げた。
固い握手で交渉は成立した。
思わぬ出費に頭を抱えながらも、
ここまで来た以上、後には引けない。
一筋の道がどこまでも
走り始めて30分、重々しい空気を、
車窓を流れる景色が吹き飛ばした。
山々を縁どるみどりの曲線が、折り重なるように連なり
無数のタンポポが咲き誇るふもとの高原には、
春の訪れを謳歌する牛や羊。
圧倒的な大自然のなかを、
たった一筋の道がどこまでも続いていた。
ナルンからカザルマンまではおよそ280㎞。
アップダウンの激しい砂利道を8時間進んだ。
日もだいぶ傾き、黄金色に染まった町が待っていた。
カザルマンに着き、タクシーの運転手がホテルの場所を聞くも、
通りすがりの人々が口にするのは
「ニィット(無い)」のひと言。
どうやらこの小さな町にはホテルがないようだ。
道がない!?
それでも小一時間ほど聞き込みを続けると、
一軒の民家に案内された。
ここのおばちゃんは英語は使え、非常に大切な情報をくれた。
そしてその言葉を聞いて、ことの重大さに気づいたのだった。
「ここから次の町(ジャララバード)へは
車で行くことができないよ」(おばちゃん)
今はまだ、雪で道が閉鎖しているのだ。
「どうしても行きたいのなら、
山をひとつ歩いて超えなきゃダメだね」(おばちゃん)
約5時間歩けば山を越えることができ、
その先に小さな集落があるという。
そこで車をチャーターできれば
次の町まで行くことができるという筋書きだ。
雪山越え、30kgの荷物、そしてもうすぐ夜。
目の前の深い雪よりも重たい現実に、眩暈すら覚えた…。
マネー、マネー
「戻ろうか…」(マーさん)
キルギスを一緒に旅しているマーさんはつぶやいた。
それが賢明な手段だろう。
しかし、料金をさんざん吹っかけてきたこの運転手が、
すんなり連れ帰ってくれるだろうか?
蜘蛛の巣に自ら飛び込んだふたりの運命はいかに…。
表情を曇らせながら車に乗り込み、
「プリーズ ゴー バック」と、懇願するように囁いた。
運転手はうなずき、車はカザルマンを後にした。
そして30分後、もう町は見えない。
どこまでも荒涼とした大地が広がっている。
車が急停車した。
運転手はニヤニヤと笑いながら親指と人指し指を擦り合わせ、
「マネー、マネー」と要求してきた。
来たか…。
ドクンと、心臓が重たく震えた。
いったいいくらを要求してくる気だろう…?
恐る恐る「ハウマッチ?」と呟いた。
「3000ソム(約10000円)」(運転手)
行きにすでに3000ソム払っている状態で、
この追加は正直キツイ。
かといって、さっきの町に戻って未来は薄い。
ここはギリギリの交渉で、
最小限のダメージで切り抜けるしかない。
もうお金がないことを懸命にアピールし、
連れて帰ってもらうことを懇願した。
「じゃあここで降りろ」(運転手)
冷たい笑みを浮かべながら彼は言い放った。
見渡す限りの荒野…。
3000mの山々に囲まれた、
カザルマンの厳しい夜がすぐそこまで来ている。
(後編につづく)
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