希望の轍

生きろ―。

糸井重里が悩みぬいた末にたどり着いた
『もののけ姫』のキャッチコピーである。

 

生きる強さ

人は生かされている。
だが大抵はそんなことに気を留めず、
何気ない日々を送っているだろう。
それはそれで幸せなことだ。

もし、“生きる”という意志を持ったなら
人はもっと強くなれることを知った。

午前5時、目覚ましのアラームが鳴った。
ひどい寝不足の朝を迎えた。
というのも、疲れがピークに達していたせいで
眠れなかったのだ。
足がだるく、ブラブラと絶えず揺すっていないと
気が変になりそうだった。

それもそのはず、
すでに60㎞近くを歩いているのだから。
身体を起こすも、足が固まって動かない。
足が棒になるとはこのことか…。
油の切れたロボットのようにギクシャクと準備をし、
残り20km、気合のラストランを試みた。

 

ゴールを目指して

今日の行程はこうだ。
温泉の村「タトパニ」を出発し、
「ベニ」という町へ向かう。
およそ7時間だと聞いている。

そこからはポカラ行きのバスがあるというので
いよいよゴールが間近に迫っている。

当初は4日かけて山を下る予定だったが、
ペースを上げたため1日短縮できた。
山登りの神様が今井雅人(箱根駅伝/順天堂大学)なら、
こっちは下りのスペシャリストと言っておこう。
ライバルは藤原拓海(イニシャルDより)。
やつが86トレノ、こっちは76生まれだい!

とはいうものの、歩き始めて早々にフラフラ。
左右によろめき、意識しないと足が前に出ない。
さらに足の裏にはマメができているため、
スニーカーの中で親指を立てて
クッションを作りながらという何とも惨めなスタイル…。
当然スピードは上がらない。

何度も時計を見ては、上がらないラップタイムに
イライラした。急がなければ今日中に帰れない。
悪いことに土砂崩れが起きていたため、
その行く手を何度も阻んだ。

 

1歩の痛み

「辛いよぉ…」

誰も助けてくれない山の中で、空に向かって叫んだ。
1歩の重み、1歩の痛み。
ひしひしと感じながら、
また次の1歩を刻む。
こんな小さな1歩だけど
それが積み重なってここまで来た。

歩くって人生なんだな…。

 

そこで歩みを止めてしまえば、
未来へはたどり着けないし、
がんばって次の1歩を踏み出せば、
まだ見ぬ世界が広がる。

道は“未知”であり、
未知を辿れば、人生は“満ち”となる。

何日もひとりで歩いていると
することは自己対話のみ。
こんな哲学的な言葉が浮かんで消えていく。

 

ラストラン

轍(わだち)を見つけた。
細い渓谷の道に、くっきりとジープの跡。
ベニは近い。まさしく希望の轍だ。

あんなに疲れていた身体に、力が満ちてきた。
歩く速度が心なしか上がった。
視界が開け、そこは久々に見る町の姿だった。
ポカラ行きのワゴン。
疲れた身体を狭い車内に押し込み、
長かった旅路に、安堵の溜息をついた。

もう、大丈夫だよ。すべて終わったんだから。

このとき満ち足りた気持ちはまだ湧かなかった。
それ以上に魂を消耗しすぎて…。
揺れるワゴン、瞳を閉じてこう思った。
「少し強くなれたかな?」
と、これで終わるはずだった。

ところが、よく映画やドラマで
エンドロールの後にちょっとだけ
エピローグがつづくことがある。
~あれから3年後~、なんて風に。

そう、この物語ももうひとシーン残っていた。
揺れが激しくなった瞬間、天地がひっくり返った!

な、なんだ!?

状況がつかめない。車内では人が折り重なっている。
「こっちだ!!」
窓から手が伸び、それにつかまると
力いっぱい外にひっぱり上げられた。

う、嘘ぉ!!ワゴンは横転していた…。

もう、こんなドラマにお腹いっぱい…。
普通でいいのに(苦笑)
不思議なことに運転手はへっちゃらな顔。
どうやら彼らには日常茶飯事なようだ。
幸いケガ人も出なかった。

「あそこにバスがいる、
いいかい、あのバスをつかまえるんだ。
さあ、急げGO!」

え、えぇ!?

背中を押され、他の乗客と一緒に走った。
身体は満身創痍。でもあのバスを逃したら…。
あ、でも、お金返してほしいんですけど…。
「ノープロブレム!」
え、どこが!?

生きろ―。

生きるって、こんなにも面白い。

※ポカラの宿には夜に着き、オーナーのチャビが
「おぉ、カジュゥ(←ズは発音できない)、
よく帰ってきたね」と、温かく迎えてくれた。
この笑顔を見た瞬間、恥ずかしながら涙ぐみ、
ようやく1つの冒険が終わったことを実感した。
そしてこの日、最高級の部屋を彼は用意してくれた。

 

旅のカケラ/slideshow

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