「香格里拉(シャングリラ)」を後にし、
再び「麗江(リージャン)」に戻った。
宿に預けていた、荷物と友人が待っているはずだ。
バスは揺れる。心も揺れる。
今日もこうしてバスに揺られている。
指折り数えてみると、そうか50日目か。
早いのか、「まだ」と言うべきか…。
出発から50日で、6カ国目の中国を彷徨っている。
本当なら香格里拉からチベットへ行く予定だった。
しかし、ほんの数週間前に勃発したラサの暴動のため、
道を閉ざされてしまったのだ。
バスは揺れる。心も揺れる。
香格里拉のバスターミナルには、
たしかに「ラサ行き」の文字があった。
喉から手が出るほど欲しかったチケット。
今、その逆方向へとバスは進んでいる。
ポケットからデジカメをそっと取り出し、
夢の写真を眺めてみた。
人生は少し足りないくらいが、ちょうどいい
香格里拉で過ごした2日間は、夢のようだった。
憧れつづけた“チベット”を
ほんの束の間、垣間見れたのだから。
どこまでも続く草原、はためくタルチョ、青い空―。
「これでいいか」
なんだか心のモヤが晴れた。
すべてを叶えようとするから、
妬みや争い、そして新たな欲望が生まれる。
きっと人生は少し足りないくらいが、ちょうどいいのだ。
これでいい、これでいい
窓の外に、家族で畑を耕す姿があった。
きっと彼らの生活は「ない」ことが前提だろう。
だから、ものの“ありがたみ”をよく知っている。
日本では「ある」ことが前提で、
誰もが“ないものねだり”に忙しい。
飽和状態に慣れた身体は、
少しの空腹すら大きなストレスとなる。
デジカメをポケットに戻し、
食い入るように、窓の外を眺めた。
「これでいい、これでいい」
この旅が終わったあと、
もう一度夢のつづきが見られるのだから。
そう何度も頷いた。
心の揺れは治まったが、バスはひどく揺れている。
そして、久々につけた左耳のピアスも揺れていた。
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