世界遺産の街「麗江(リージャン)」。
古い麗江古城、優雅な玉龍雪山、
高山植物咲き乱れる高山草原や
独特な少数民族文化。
今日のお昼までいた大理古城が大関なら、
こちらは横綱といったところか。
中国ビザを取りに行く
残念ながら宿に着いたのは午後8時。
すでに街は薄暗くなっていたので
市内観光は明日の楽しみにとっておこう。
さて、今日は中国ビザを取りに行った。
中国は日本人なら15日間ノービザでOKだが、
まだこの中国旅は長い。
30分で取れるという大理の公安に出向き、
160元(約2400円)を払って1ヶ月ビザを取得した。
ゴミのアート
そこである日本人に出会った。
彼もまたビザの延長に来ていたのだが、
芸術家というか、装飾屋というか、
ゴミを使ったアートを手がけて
メッセージを発信している。
音楽シーンやアートシーンなど、
様々なイベントとコラボしながら
活動の幅を広げているという。
その名も「R領域」。
人間の脳にある“シックスセンス”というやつだ。
日本はもとより、海外からも時折オファーがあるとか。
お金にはならないが、伝えたい気持ちや
「ただ好きだから」という、
情熱が彼を突き動かしているようだ。
人間はゴミ以下の存在
なーんだ、エコ活動か!?
そう思うのはまだ早い。
彼にはポリシーがあった。
彼の言葉を借りるなら、
「人間はゴミ以下の存在」
生態系を壊し、強者が弱者を搾取しつづける。
結局人間が残したものなど、一部の人間を除いては
ゴミでしかない。
少し乱暴な言葉だが、思い当たる節は多い。
たしかに核爆弾なんてものは、最強の不燃物だ。
(いや、燃えすぎるか…)
だから彼は言う。
「ゴミに意味をつけたい」と。
リサイクルへの啓蒙ではなく、
もっと精神的な訴えを織り交ぜたいのだ。
それは、自分たちの愚かさを知るきっかけ、
人類の叡智の証明、
無駄をこよなく愛する人の性、
なのかも知れない。
人間が作り上げ、人間が捨てたものたちに
どんな意味があり、どんな役割があったのかを。
ひいては、自分というゴミに
どんな存在意義があるのかを知る答えになるとも。
少し大げさな話だろうか。
“熱”を外に放射するパワー
彼の主張する“ゴミ説”には賛否が分かれるところであり、
かくゆう私自身も、丸ごと正しいとは思わない。
ただ、自分の中の“熱”を外に放射するパワーは
見習うべき点だと思う。
そんな話を2時間くらい続けただろうか。
最後にポツリとこう漏らした。
「世間から見れば風変わりで、
本当にこれでいいのかはわからない。
単にワガママを貫いてるだけかもしれないし…」
たくさんの言葉をもらったお礼に
言葉をひとつプレゼントした。
「熱意には“反発の法則”が働く」と。
何かに対してある力量を加えたら、
同じだけの力量が跳ね返ってくる。
それが反発の法則。
だから、情熱をぶつければぶつけた分だけ
そのパワーが跳ね返ってくるはず。
要はそれを受け止めるだけの
器量があるかないかじゃないかな?
なるほどね。
彼にとってこの言葉が有意義なものか、
それとも単なるゴミだろうか?
ゴミに意味をつけられる彼なら
決して無駄なモノではないはず、と信じておこう。
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