終わりなき旅

退屈でないものに人は飽き、
飽きないものは
たいてい退屈なもの、である。

しかし今日、
飽きる、退屈を通り越して
“永遠”と思える時間を知った。

 

アンチラベを離れる

アンチラベという宝石と温泉で有名な街にいる。
宿は古い洋館で、『アダムスファミリー』みたい。
昨夜は停電になり、ロウソクを灯して過ごし、
広間の長机に座り、ほのかな明かりで食事をする。
音もなく皿を運んでくるスタッフの顔が
炎に揺れて不気味だった…。

階段はミシミシと軋み、
廊下には大きな姿見がある。
そして部屋は屋根裏で、
他の宿泊客はゼロ…。
突然、ケケケケケケってヤモリが笑う。
こりゃあ、肝試しには絶好のロケーションだ。

そんな宿を後にし、
タクシーブルース乗り場へ急いだ。
行き先は「ムルンダヴァ」。
バオバブで有名な町である。

 

20人詰め

出発が14時だというので、
余裕を持って1時間前に宿を出るも、
プスプスと呼ばれる人力車は
歩くよりも遅いため、到着はギリギリだった…。
しかし、定刻になるも出発する気配はなかった。

あれ?乗客の姿もない…。
スタッフが黙々と積荷をしていた。
タクシーブルースとは、ワンボックスカーのこと。
この国には大型バスが存在しないため、
こいつが移動の主役。

屋根に鬼のような荷物を積み、
12人乗りの車内に
20人詰め込んでひた走る!
3人がけでも狭いシートなのに
身体を斜めにして4人が腰掛ける。
これで20時間も乗車するのだから
歯医者に行く前の心境に負けないくらい
憂鬱になる…。

とにかく溜息をこぼしつづけた。
荷物を積み終えたのは16時。(2時間も!)
でも、ここは南国。
14時出発ではなく、
14時出発、“の準備開始”、と読み解くべきだった。

 

この世の終わりのように赤い

さぁ、覚悟を決め車内に乗り込む。
一番後ろの席だったため、乗り降りは窓から。
手足を小さく折りたたんで
膝の上にリュックを抱えた。
一度体勢を決めると、もう身動きはご法度。
そのままの状態で揺れに身を任せるのみ。
流れる景色を眺めながら
思考を停止する。

いつもならそれで12時間は平気だった。
ただ、行き先がバオバブ。
嫌がおうにも期待値は上がり、
早く着かないかな?と時計を気にしてしまう。
1時間、2時間、3時間…
いつもより時計の針が鈍い動きをする。

いつしか空が真っ赤に染まった。
アフリカで目にする夕焼けは、
この世の終わりのように赤く、
雲以外のものをシルエットに変える。

キレイだなぁ、と息を飲む。
そして、日本から遠く離れた地にいることを
しみじみと思った。
なんで、こんな狭い場所に閉じ込められてるんだ?
と…。

 

糸の切れたマリオネット

神様からの贈り物が終わると、
今度は空が嘶いた…。
激しい雷雨!!
空が割れ、落雷で大地が燃えた。
何かの記者会見のように
閃光が走り、その中をワゴンは突き進んだ。

午後9時に遅めの夕食を摂り、
ようやく身体が伸ばせた。
30分後、再び手足を折りたたみ、
糸の切れたマリオネットに戻る…。
辛く、長い夜はつづく。

少しうとうとしかけたころ、
キュルキュルと、後輪が空回った。
スタックだ…!?
雨で道が緩み、深い轍がいくつもできていた。
全員外に降ろされ、ぬかるみに足をとられながら
ワゴンを押した。

深夜2時、疲れはピーク。
よろよろになりながら、泥どろになりながら、
終わらない夜を彷徨った…。

ただ、幸いなことに
途中の町で隣のおばちゃんがワゴンを降りたため、
3人がけになった。
手足の泥も乾きはじめたころ、
今度こそ眠りの沼へと落ちていった。

目が覚めると夜が明けていた。
永遠とも思えた時間に
終わりが見え始めた。
バオバブもちらほらと姿を現し、
ムルンダヴァが近いことを知らせてくれた。

固まった泥を手で剥がしては、
窓の外へと捨てた。
まるで、あの辛く長かった
夜のかさぶたを剥がすように―。

■アンチラベ→ムルンダヴァ
乗車時間:17時間
運賃:35000アリアリー(約1850円)

 

旅のカケラ/slideshow

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です