銀河鉄道の夜

アジアの夜は蜜みたいにトロリとしている。
でもここ中国には、苦いコーヒーにように
ズシンと重たい夜が来る。

 

暗闇をゆく列車

長い夜を越える人たちで
お腹いっぱいになった列車は、
静かに夜のとばりへと滑り出した。
ゴトン、ゴトンと、
小気味のいいリズムを刻みながら、暗闇をゆく列車。
ちょっと疲れた表情で、窓に写る自分と目が合う。

21時間か…、

狭く硬いシートに身体を押し込み、
小さくため息を漏らしながらも
これから起こるドラマを予感していた。

 

やさしい気持ちになれる

気分は「銀河鉄道の夜」。
あらすじはもう忘れてしまったが、
国語の時間に胸が高鳴ったことを覚えている。
今でも、このタイトルを思い出すと
遠い世界を旅してる自分が誇らし気に思えてくる。
そして同時に、やさしい気持ちになれるのだ。

駅にとまるごとに、大きな荷物を持った人たちが
のしのしと乗り込んでくる。
みなで協力して荷物を網棚に載せ、席を譲り合った。
誰もが、この車両の辛さを知っているから、
やさしくなれるのだろう。

辛いときのやさしさこそ本物だと思う。
この硬いシートも、
気持ちのクッションが和らげてくれた。

見知らぬ日本人に、周囲の目はやさしかった。
こんな席に外国人が座るのはきっと珍しいのだろう。
カタコトの中国語を話すと、
その輪はどんどん大きくなった。
それで、それで、と期待する輪にこたえるべく、
知っている限りの単語をつなげ、
ノートに漢字を書き、
大きく身振り手振りを交えて
会話の糸をつむいだ。

ある人はジュースを買ってくれ、
ある人はパンやお菓子を勧める。
こっちに座りな、と広いシートにも招いてくれた。

 

長い、長い、長い夜

銀河鉄道の夜は、こうやってやさしく更けていった。
あの国語の時間に、物語を読んで胸が高鳴った気持ち。
それに似た感触が、心をじんわりと包んだ夜だった。

21時間後。
腰に鈍痛、肩に荷物。まだ眠い目を擦りながら
「蘭州」のホームに降り立った。

―拝啓、宮沢賢治さま
銀河鉄道を降りても、
この旅はまだ終わりません。

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