エピローグ#07  夕日のピリオド

中世にはヴェネチア共和国の首都として盛えた都市。
「アドリア海の女王」「水の都」「アドリア海の真珠」など、
様々な言葉で形容されている。

 

水の都を巡る

アドリア海の最深部、
ヴェネチア湾にできた潟の上に築かれたこの水上都市は、
150を超える運河が縦横に走り、
177の島々を分け、400におよぶ橋が架かる。
迷路のように狭くて曲がりくねった路地や通りに自動車は入れず、
何世紀もの間市内の輸送をになったのは、
ゴンドラと呼ばれる手漕ぎボートであった。

いつもよりも早く起きたが
街に出るのがなんだかもったいない。
想像を超えた場所にくるとしばしば起こる衝動で
ケーキのイチゴのように
最後まで大事にとっておきたくなるのだ。
フォークでスポンジを削り、生クリームをすくうように
部屋でのんびりと過ごし、
遅めの朝食を摂ってからようやく外に出た。
たしかエルサレム(イスラエル)に行ったときもこんな感じだった。

 

イキトス を思い出す

噂には聞いていたものの、
水とは切っても切り離せない生活で
警察や消防、荷物の配送やゴミの収集まで
すべてが水の上、つまり船が担っていた。
運河に架かるアーチ状の橋の上で
行きかう船を何艘も見送った。

そういえば、ペルーに行ったとき「イキトス」という町を訪れている。
ここもまた水の都で、
アマゾン川の上に家を建て小さな手漕ぎの舟が往来していた。
そこでは高床式倉庫のような素朴な小屋で暮らしていて
ヴェネチアのような優雅さとはかけ離れていたが
それはそれで好きな景色である。
イキトスで小舟に揺られながら
「今度はヴェネチアに行ってみたいな」と
考えていたのがこんなに早く叶うとは
なんとも贅沢な人生だ。

運河に沿うように、建物の間を縫うようにして
無数の狭い路地が迷路のように広がっているので
あてもなく歩いてみると、何度も袋小路にぶつかり、
そのたびにもと来た道を引き返すがそこはまた別の小道…。
これだけ複雑だと地図もあてにならない。
島内の中央部にある逆S字形をした大運河(カナル・グランデ)
を探して歩き回ることになった。

 

バポレット

せっかくなので今度は舟に乗って街を観光してみる。
観光客向けにゴンドラと呼ばれる手漕ぎ舟があるが
1時間で100ユーロ近くするためとても手が出せない。
ベトナムで似たような舟に乗ったことがあるし、
インドやエジプトの帆舟は200円程度だったのでここは我慢、
バポレットと呼ばれる乗り合いの水上バスを利用することにした。

 

乗船券の料金は1回券で6.5ユーロ、
12時間券が16ユーロ、24時間券が18ユーロだったので
お得感のある24時間券を買った。
ほぼ24時間運行している船なので夜と翌朝も乗るつもりだ。
ICチップ入りのカード券で、
乗船する際には乗船券を停留所前にある白い改札機にかざして
日時を記録してから乗り込む。

東京の地下鉄ばりに路線があるが
おススメは各駅停車で大運河を縦断する1番線。
始発のローマ広場を出発し、
サン・シメオン・ピッコロ教会、リ・スカルツィ教会を過ぎ
スカルツィ橋をくぐる。
運河の両側には時が止まったままの荘厳な建物。
なんてキレイな街並みだろう。
ベルエポック、
古き良き時代がそのまま残っていた。
頬を撫でる風が気持ちいい。水の音が心地いい。

観光名所であるサン・マルコ寺院で船を降りた。
9世紀にエジプトから運ばれた聖マルコの遺体を納めるために
建てられた寺院だそうだ。
すぐとなりには天を突く鐘楼も高くそびえている。
カラン、カランと乾いた鐘の音が街に響いた。
広場にいた鳩たちがいっせいに飛び立つ。
天を仰ぎ、お伽の世界を思った。
ここは童話から抜け出したような街だった。

 

夕陽を眺めて

旅をしているとこうして毎日日記を綴る。
文章の中でももう1つの旅をしているわけだ。
今目にしている景色と、日記に綴っているときの景色では
どうしても温度が違ってしまうのだが、
時間の経過とともに心の中でろ過されて
適温になって文章に落ちている。
だから、もう1つの旅は違った世界を見せてくれる。
旅をするために日記を書くのか、
日記を書くために旅をするのか、
鶏と卵のような関係で面白く、どちらもやめられない。

景色を思い出し、それにぴったりくる言葉を探す。
きっと、何万通りも言葉の組み合わせはあるのだろう。
言葉を手繰り寄せては頭をひねり、
この街と同じような袋小路ばかりの迷路をやみくもに進む。
しっくりくる1行が書けたときの充実感を求めて。

5度目のバポレットに乗り込んだ。
終点リド島に向かい風を切る。
太陽は大きく西に傾き、運河を小金色に染めた。
水面がキラキラと宝石のように輝いている。
ヴェネチアの夕日、なんてキレイなんだろう。

1日を締めくくるピリオド、
日記の最後の1行につける「。」
それがこの夕日なのかも…なんていう
ロマンチックな言葉もこの街にはよく似合う。

 

旅のカケラ/slideshow

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